【全日本】会見における渕、大仁田の詳細コメント(写真あり) 2014/11/25
25日、神奈川・横浜市内の全日本事務所で会見した渕正信、大仁田厚の詳細コメントは以下の通り。 【会見における渕、大仁田】 ▼渕「まずはやっぱり感謝だな。というか何に感謝ってこんな言い方するのもどうかと思うけど、まずはプロレスの神様に、それと気持ちよく今回40周年のファイナルというこのイベントに参戦してくれて、そしてパートナーになってくれた大仁田厚選手に感謝、そういう気持ちで今はいっぱいです。二人でどんな試合をできるかわからないけど、昔は馬場さんに基本を教わって、練習に明け暮れたその時代を思い出してね。いい試合ができればいいなという気持ちでいっぱいです」 ▼大仁田「オファーもらった時、そう考えた時、僕は12年ぶりに全日本のマットに上がるということと、渕さんと30年ぶりにタッグを組む。それって二人とも長くプロレス界によくいたなという話になって、先ほど渕さんと会った時、渕さんが俺に大仁田君と俺しかいないよなって話になって(笑) もともと全日本の新弟子としてともに合宿所で飯を食い…意外と合宿所いなかったよね。ねぇ、渕さん。だいたい俺と渕さんと園田(一治)がちゃんこ番だったもんね」 ▼渕「その当時の話をしたら尽きないよ」 ▼大仁田「急に全日本からご指名を受けた時、渕さんの40周年の記念すべき試合のパートナーを務められるのは僕的に光栄です」 ▼渕「よろしくお願いします」 ▼大仁田「渕さんが謙虚になったらダメでしょ。渕さんらしく。どうですか最近の調子は?」 ▼渕「よくないんだけど、周りは誰も信用してくれないんだよ。30年って言ったけど、60歳だから倍だよね。プロレスの神様が思い出作りに二人を組ませてくれたんだなと思うよね」 ▼大仁田「いい言葉ですね。思い出作りか。40周年迎えてどうですか?」 ▼渕「とにかくこうやってデビュー戦の相手とタッグ組めるなんて。それが本当にうれしいよね。縁があるのよ。アメリカ、プエルトリコ、それから問題のサントドミンゴ、テネシー、フロリダ…そして俺をひとり残して彼は帰ってね。メキシコではまたいい思いしてな。彼と別れて一人になって、急にファイトマネーがガクッと落ちちゃってさ」 ▼大仁田「どうやって生活したの?」 ▼渕「それなりの生活したんだけど、あの時は二人でタッグチームというのがいい金もらってたもんな。メインだったのが一人になって1試合目、2試合目あとになってな」 ▼大仁田「ワールドランキングで3位か、4位になってたもんね」 ▼渕「誰もうなずきもしない。ファンクスより俺らの方が上だったんだから。今度ファンクスと試合やるか?」 ▼大仁田「テリー・ファンク&ドリー・ファンク・ジュニアvs大仁田&渕組どうですか?」 ▼渕「40代、50代の人は懐かしいと思うよ」 ▼大仁田「向こうでタッグチャンピオンになったよね。あの頃は簡単に獲れないんだよ」 ▼渕「何やかんや何年も離れてもこうやって縁があるもんだな。大阪大会でこうやってタッグが組めるのは。彼には彼の道を歩き、俺は俺で全日本の道を歩いて、引退するまで交わることはないなと。引退したらお互い連絡取り合って、彼は酒飲めないんだけど、ちょっと飲んで昔話したいなとそういう感じだった。交わることはないなと。会ったら会ったで仲悪いわけじゃないし、世間話するけど、お互いがお互いの道を歩んで、そのままプロレス人生を全うするんだなという思いだった。でも今、こうやってタッグを組めるようになって、俺の40周年のファイナル。今年は還暦の記念試合、40周年という節目の年の最後に組めるというのはだんだんうれしくなってきたね。頼りにしてるぜ」 ――久々の全日マットで同期タッグを組むことになり、全日本を意識する? ▼大仁田「と言っても1年違いぐらいの差があるんだけど、渕さんが今年40周年で僕は空白の1年があるから来年40周年になるんだけど、まさかまさか渕さんと30年ぶりにタッグを組むとは思わなかったですね。古きよき時代の二人でリングに上がるのが懐かしくてうれしいですね。こういう機会を与えてくれた全日本に感謝します」 ――相手が金丸&ウルティモで全日本の歴代ジュニア王者が一堂に会するが? ▼大仁田「申し訳ないけど、俺は俺のスタイルでいくだろうし、渕さんは渕さんのスタイルでいくだろうし、染みついてるから相手に合わせることはないよ。最初にどっちが出るかといったら渕さんに出てもらいますよ」 ▼渕「もちろん。俺の働きぶりをタッチロープを持ってガッチリみててくれ。すぐタッチするかもしれないけどな。彼は彼のスタイルと言ったけど、馬場さん、マシオ駒さんにキッチリ基礎トレーニングやったもんな。受身から。それを今の選手よりもしつこいぐらいやったよ」 ▼大仁田「練習が全部終わったら3千回のスクワットやらされるんだよね」 ▼渕「最初500回で毎日100回ずつ増えていくんだよ。そのあと新宿にディスコ行ったよな。『明日は2千回だよ』って言いながら。そういう若さがあったけど、そこまでの元気を今は期待されてもな。俺は枯れた感じだから。俺が60で57歳か。二人合わせて117歳がタッグを組んでやると。それだけでも凄いし、お互いこうやって40年という年月で組めるのもプロレスのロマンでもあるね」 ▼大仁田「凄さですよね」
25日、神奈川・横浜市内の全日本事務所で会見した渕正信、大仁田厚の詳細コメントは以下の通り。
【会見における渕、大仁田】
▼渕「まずはやっぱり感謝だな。というか何に感謝ってこんな言い方するのもどうかと思うけど、まずはプロレスの神様に、それと気持ちよく今回40周年のファイナルというこのイベントに参戦してくれて、そしてパートナーになってくれた大仁田厚選手に感謝、そういう気持ちで今はいっぱいです。二人でどんな試合をできるかわからないけど、昔は馬場さんに基本を教わって、練習に明け暮れたその時代を思い出してね。いい試合ができればいいなという気持ちでいっぱいです」
▼大仁田「オファーもらった時、そう考えた時、僕は12年ぶりに全日本のマットに上がるということと、渕さんと30年ぶりにタッグを組む。それって二人とも長くプロレス界によくいたなという話になって、先ほど渕さんと会った時、渕さんが俺に大仁田君と俺しかいないよなって話になって(笑) もともと全日本の新弟子としてともに合宿所で飯を食い…意外と合宿所いなかったよね。ねぇ、渕さん。だいたい俺と渕さんと園田(一治)がちゃんこ番だったもんね」
▼渕「その当時の話をしたら尽きないよ」
▼大仁田「急に全日本からご指名を受けた時、渕さんの40周年の記念すべき試合のパートナーを務められるのは僕的に光栄です」
▼渕「よろしくお願いします」
▼大仁田「渕さんが謙虚になったらダメでしょ。渕さんらしく。どうですか最近の調子は?」
▼渕「よくないんだけど、周りは誰も信用してくれないんだよ。30年って言ったけど、60歳だから倍だよね。プロレスの神様が思い出作りに二人を組ませてくれたんだなと思うよね」
▼大仁田「いい言葉ですね。思い出作りか。40周年迎えてどうですか?」
▼渕「とにかくこうやってデビュー戦の相手とタッグ組めるなんて。それが本当にうれしいよね。縁があるのよ。アメリカ、プエルトリコ、それから問題のサントドミンゴ、テネシー、フロリダ…そして俺をひとり残して彼は帰ってね。メキシコではまたいい思いしてな。彼と別れて一人になって、急にファイトマネーがガクッと落ちちゃってさ」
▼大仁田「どうやって生活したの?」
▼渕「それなりの生活したんだけど、あの時は二人でタッグチームというのがいい金もらってたもんな。メインだったのが一人になって1試合目、2試合目あとになってな」
▼大仁田「ワールドランキングで3位か、4位になってたもんね」
▼渕「誰もうなずきもしない。ファンクスより俺らの方が上だったんだから。今度ファンクスと試合やるか?」
▼大仁田「テリー・ファンク&ドリー・ファンク・ジュニアvs大仁田&渕組どうですか?」
▼渕「40代、50代の人は懐かしいと思うよ」
▼大仁田「向こうでタッグチャンピオンになったよね。あの頃は簡単に獲れないんだよ」
▼渕「何やかんや何年も離れてもこうやって縁があるもんだな。大阪大会でこうやってタッグが組めるのは。彼には彼の道を歩き、俺は俺で全日本の道を歩いて、引退するまで交わることはないなと。引退したらお互い連絡取り合って、彼は酒飲めないんだけど、ちょっと飲んで昔話したいなとそういう感じだった。交わることはないなと。会ったら会ったで仲悪いわけじゃないし、世間話するけど、お互いがお互いの道を歩んで、そのままプロレス人生を全うするんだなという思いだった。でも今、こうやってタッグを組めるようになって、俺の40周年のファイナル。今年は還暦の記念試合、40周年という節目の年の最後に組めるというのはだんだんうれしくなってきたね。頼りにしてるぜ」
――久々の全日マットで同期タッグを組むことになり、全日本を意識する?
▼大仁田「と言っても1年違いぐらいの差があるんだけど、渕さんが今年40周年で僕は空白の1年があるから来年40周年になるんだけど、まさかまさか渕さんと30年ぶりにタッグを組むとは思わなかったですね。古きよき時代の二人でリングに上がるのが懐かしくてうれしいですね。こういう機会を与えてくれた全日本に感謝します」
――相手が金丸&ウルティモで全日本の歴代ジュニア王者が一堂に会するが?
▼大仁田「申し訳ないけど、俺は俺のスタイルでいくだろうし、渕さんは渕さんのスタイルでいくだろうし、染みついてるから相手に合わせることはないよ。最初にどっちが出るかといったら渕さんに出てもらいますよ」
▼渕「もちろん。俺の働きぶりをタッチロープを持ってガッチリみててくれ。すぐタッチするかもしれないけどな。彼は彼のスタイルと言ったけど、馬場さん、マシオ駒さんにキッチリ基礎トレーニングやったもんな。受身から。それを今の選手よりもしつこいぐらいやったよ」
▼大仁田「練習が全部終わったら3千回のスクワットやらされるんだよね」
▼渕「最初500回で毎日100回ずつ増えていくんだよ。そのあと新宿にディスコ行ったよな。『明日は2千回だよ』って言いながら。そういう若さがあったけど、そこまでの元気を今は期待されてもな。俺は枯れた感じだから。俺が60で57歳か。二人合わせて117歳がタッグを組んでやると。それだけでも凄いし、お互いこうやって40年という年月で組めるのもプロレスのロマンでもあるね」
▼大仁田「凄さですよね」
★12・6大阪で渕と30年ぶり同期タッグ結成 大仁田宣言「俺は俺のスタイルでいく」